東京高等裁判所 昭和58年(行コ)72号 判決
当裁判所も控訴人の本訴請求を失当と判断するものであるが、その理由は、後記一及び二のとおり附加するほか、原判決理由記載のとおりであるから、これを引用する。
一 理由附記不備の主張について
控訴人主張の本判決1の(一)の点については、本件決定が、引用にかかる原判決認定のとおり、本件特許査定謄本は受送達者である特許出願復代理人本人に交付送達された事実を認定していることが明らかであるから、本件決定には右の点についての理由は十分示されているということができる。控訴人は書留郵便物受取証の押捺印に関する認定がなされていない旨主張するが、受送達者本人に対する送達の事実を認定するためには、必ずしも右受取証の記載を証拠としなければならないものではない。しかも、控訴人の主張するところによれば、本件特許査定謄本は控訴人の復代理人の義母が受領し受取証に同人の印を押捺したというのであり、それは、いわば控訴人側の事情に属するものであるから、前記押捺印についての事実調査及び主張等に特に困難を伴うものとは考えられない。したがつて、控訴人主張の不服申立、訴提起の便宜供与の観点からみても、右の点についての認定が示されていないからといつて、本件決定の理由附記を不十分とすることはできない。
控訴人主張の1の(二)の点については、右のように受送達者本人に交付送達されたと認定している以上、民事訴訟法一七二条、一七三条が適用されるかどうかの問題は、右送達を前提とする前記出願無効処分の適否ひいては本件決定の結論になんら影響を及ぼすものではないから、この点についての判断を示さなくても、そのため本件決定の理由附記に不備があるとすることはできない。さらに、同(三)及び(四)の各点については、右のとおり受送達者本人への交付送達が認められる以上、補充送達に関し或いはこれを前提とする右各点についての判断を示す必要のないことはいうまでもない。
二 反論立証権の保障の主張について
行政処分に対する異議申立の審理手続において、審理する行政庁に控訴人が主張するような主張、証拠の開示義務が存在するとする法令上の規定はない。
控訴人主張のような場合において、当該行政庁がその主張や証拠を異議申立人に開示してその主張、立証を促すことは、行政の適正な運営のために望ましいことであるとは考えられるが、行政不服審査手続が当該行政庁の簡易迅速な手続により国民の権利利益の救済を図るものであることに鑑れば、右開示は、あくまで当該行政庁の合理的裁量にゆだねられるものであつて、右のような開示がないからといつて、直ちにその手続を違法とすることはできないものと解するのが相当である。そして、本件において行政庁である被控訴人が右の点に関し裁量の範囲を逸脱したとみるべき事情を認めるに足りる証拠はないから、前記主張、証拠の開示がなかつた点により本件決定を違法とすることはできない。
したがつて、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとする。
〔編註その一〕 本件における控訴人の主張は左のとおりである。
1 理由附記不備について
行政不服審査法による異議申立に対する決定に理由を附しなければならないとされる根拠は、処分理由を相手方に知らせて不服申立、訴提起に便宜を与えることにも求められるものであるから、右決定の理由中では、その対象となる行政処分に対し、行政庁と被処分者との間の中心的争点について、具体的、詳細な理由を明示すべきものである。
そして、本件の行政不服審査手続中に被処分者である控訴人と行政庁である被控訴人との間で争われた争点は、次の点にある。
(一) 本件特許査定謄本は特許出願復代理人に送達されたか、この場合の送達とは、事実行為としての送達(交付)か、法律効果としての送達か。
(二) 特許査定謄本の送達は、特許法一九〇条、民事訴訟法一七二条、一七三条により書留郵便で発送することで足り、到達を要しないもの(発信主義)と解釈すべきか。
(三) 特許査定謄本は特許出願復代理人に送達されておらず、同一家屋に居住する義母が受領したとして、同人は同法一七一条所定の「同居人」に該当するか。
(四) 右に関し、義母が謄本を紛失したような場合、かかる事情が同法一五九条所定の「其ノ責ニ帰スヘカラサル事由」に該当するか。
また、控訴人は、異議申立の審理において、特許査定謄本を受領していない旨の事実主張をしているにとどまらず、同謄本を復代理人の義母が受領し、同謄本の書留郵便受取証に同義母名義の印を押捺した旨、詳細かつ具体的な事実主張をしているのである。
しかるに、本件決定では、その理由中に単に本件特許査定謄本は復代理人本人に送達された旨認定しているにすぎないから、これでは、前記各争点を解き明かし、その理由を具体的、詳細に示したことにはならず、特に、(1)同謄本の書留郵便受取証に復代理人本人名義の印が押捺してあつたと認定した上で復代理人本人への送達を認定するに至つたのか、(2)復代理人の義母名義の印が押捺してあつたが、同人は郵便物全般につき復代理人から包括的な受領権限を与えられていたとの認定に立つて復代理人本人への送達を認定するに至つたのか、の二点が不明確である。また、右理由においては、その「送達」がいかなる根拠、資料に基づいて認定されたかも明らかにされていない。
ところで、本件決定において認定された「送達」が、右(1)又は(2)のいずれであるかという点は、その後の争訟において、立証の必要性及び立証事項に差異をもたらすものであり、本件異議申立の審理における中心的争点の一つであるから、理由附記の根拠とされる不服申立、訴提起への便宜供与のみならず判断の慎重、合理性の担保及び恣意抑制の観点からも、右の点についての判断は明示されるべきものであり、これにつき本件決定になんらの判断も示されていないことは、前記争点(一)ないし(四)の解明につき具体的、詳細な判断が示されていないこととともに、理由附記制度の趣旨に反する違法というべきである。
2 反論立証権の保証について
行政不服審査法による異議申立手続では、異議申立人に意見を陳述し有利な証拠を提出する機会が保障されている(同法四八条、一五条一項四号、二五条、二六条)。この法の趣旨は、異議決定の基礎となる事実やこれを前提とする法律適用について、異議申立人に十分意見を述べさせ、立証を尽させることによつて、行政庁の事実認定及び法適用に恣意や独断の疑いが入らないようにし、異議手続の適正を確保し、同法一条に規定する目的を達成しようとするところにある。右趣旨からいえば、前記保障は、形式的、名目的なものでは足りず、実質的かつ具体的なものでなければならない。このため、特に、行政庁が事実認定に供しようとする証拠又は適用しようとする法律が異議申立人にとつて必ずしも明らかでない場合や事実認定上微妙な問題があるか、法律適用上見解の対立が予想される場合など一定の場合には、明文の法規定は存在しないけれども、行政庁は自主的にその主張及び証拠を個別的、具体的に異議申立人に開示しなければならないことは当然であり、右開示がなされることなく異議決定に至つた場合には、それは、法の要求する審理としての実質を欠く違法な決定として取り消されるべきものである。
本件において、被控訴人は、その事実上の主張、法律上の見解又は証拠資料を異議申立人である控訴人に示すことなく本件決定に至つたものであり、このため、控訴人は、被控訴人の主張内容が判らないまま前記1の(一)ないし(四)のとおりに争点を設定し、暗中模索で自らの権利擁護をはからざるをえず、特に送達の効力に関する証拠(乙第一号証 郵便物事故調査回答書)などの証明力を争い、自ら他の証拠を探査する等十分な攻撃防御方法を講ずる機会を得ることができなかつたのである。これは、前記被控訴人の主張、証拠の個別的、具体的開示の懈怠によるものであつて、行政不服審査法の要求する審理の実質を欠き、これを前提にした本件決定は取り消されるべきものである。